2011/10/26

[A-017] Mick Karn - Titles ('82)

ブログ始めたついでに馬鹿発見器(笑)もといツイッターとやらもやってみたいとは考えているのだけど、フォローしたい有名人が居ない。そして考えてみれば呟きたい事も特に無い。…そうか、だからヒトは要らないことを呟いて炎上してしまうのか…(笑)。


[A-017] Mick Karn - Titles ('82)



『ロックの歴史』とは、つまり、『ギターの歴史』である。60年代後期から70年代を通じて、ロックには沢山の『ギター・ヒーロー』が生まれて来た。ギターこそが花形であり、ロックを代表する『音』だったのだ。

そこに70年代後半から現れたのが、『パンク・ロック』から始まる一連の『オルタナティブ・ミュージック』である。ロックに於ける様々な『約束事』がガタガタと取り払われた結果、今まで『ギターの圧制』(笑)に虐げられていた楽器たちが次々と息を吹き返し始めた。

まず、テクノロジーの進化によって、タチマチと最も先鋭的な楽器となったシンセサイザーを含むキーボードが頭角を現し始めた。『プログレッシブ・ロック』でのテクニカルな実験や『クラウトロック』での音色的実験を経て、『ニューウェーブ』から『エレクトロ・ポップ』に至ると、楽音全てを担うほどの主役に躍り出たのだ。

そして、ベースも『ファンク』や『ジャズ/フュージョン』での実験を経てメキメキと存在感を増して行く。Duran Duran、Kajagoogooら『ニュー・ロマンティックス』のベーシスト達の、Chicら黒人のディスコ・バンドからの影響を受けたテクニカルでファンキーなベース、Red Hot Chili PeppersやLevel42らの超絶的なスラップ・ベース…。そして遂に、ベーシストは『ベース』を弾かなくなるのだ(笑)。

New OrderのPeter Hookは、ベースはシンセ・ベースに任せ、ひたすら高音部でギクシャクとメロディーを弾いた。Peter Gabriel/King CrimsonのTony Levinは、チャップマンズ・スティック・タッチボードなる10弦の奇怪な楽器を両手の指で叩いて、ベース音からその上のギミックまで器用に鳴らした。MaterialのBill Laswellは6弦ベースでガシャガシャとコードを掻き鳴らし、FMの番組で実況した小林克也に「ギターにベース弦を張っている」と勘違いさせた(笑)。

そして、Mick Karn。ニュー・ウェーブ・バンドJapanのベーシストであった彼は、フレットレス・ベースを武器に『ネイティブ・ミュージック』を壊しに掛かった。彼の使うエキゾチックで不気味なスケールが、まず尋常ではない。そしてグリッサンドを多用するその奏法が、およそベースではない。そしてその、楽曲のメロディーさえも曖昧にしてしまう存在感。…およそ、普通は、『ダメ』である(笑)。

しかし、彼のベースにはそれを破綻させず成立させてしまう魅力が有った。彼のその、ぴったりと重ねて同じフレーズを録音出来るほど計算されていながらも、楽曲お構い無しに傍若無人にのた打ち回るベースを聴きたくて、少なくともわたしはJapanを聴いていた。自意識過剰なDavid Sylvianのヴォーカルが苦手にも関わらず、である(笑)。

彼のこの1stソロ・アルバムは、片面をインスト、もう片面を自意識過剰ヴォーカルの代わりにナイーブな自身のヴォーカルで飾った、音数の少ないシンプルなアルバムである。…つまり、彼のベースを阻むモノも汚すモノも薄めるモノも何も無く、ただただひたすらその『気持ち悪イイ』に身を委ねて居られる。多分、コンセプトもそうなのだろう。云うならば、薄闇の曇天に薄く透ける月をぼっと目に映す様な、何とも極上の経験だ。

80年代が終わり、気が付けばロックはまた『ギターの圧政』の下に有る。…そして2011年、彼は癌に侵され、闘病空しく逝ってしまった。後々のベーシスト達に少なからぬ影響を与えた彼でさえ、その闘病に際し治療費を募っていた姿に、結局あの『革命』は報われなかったのだと思うと、哀しい。


その他のアルバム

Japan - Gentlemen Take Polaroids ('80)



変態ファンク・ポップに絡み付く変態ベース。次作『Tin Drum』('81)ではエレクトロなビートは影を潜め、トライバルなリズムが中心となる。

The d.e.p - 地球的病気 -We are the d.e.p- ('01)



ビビアン・スー (Vo)、土屋正巳 (G)、屋敷豪太 (Dr)、佐久間正英 (Key,G)らと結成したスーパーグループによるJ-Pop。『普通』のベースを弾くMick Karnの何とつまらぬことよ。

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