[A-028] 吉田美奈子 - ダーク クリスタル ('89)
女性ボーカルに何を求めるのか?…まあ、ひとそれぞれだとは思うが、自分は割と『情念』みたいなモノを好んでいることに気付いた。『情念』と云ってもまあ、『浪花節』とか『演歌』とか、そこまでのドロドロとしたモノではなく、飽くまで、何かこう、『慎みから溢れ出す感情』とでも云ったらいいのであろうか、とにかくそんな『濡れ滴る何か』、である。
『ポップス』は、特に前述の『浪花節』的『演歌』的なモノを出来るだけ排除し、洗練された都会の乾いた風景を見せようと展開して来た。そして吉田美奈子 (Vo,Key)はそのポップスのアーティストである。独特な叙情溢れる詞の世界を持ち、作曲やアレンジ、プロデュースもこなし、そしてそのずば抜けた歌唱力。…どれを取っても日本のポップス界に於ける高位の才能であろう。
デビューからその個性と実力で注目され、山下達郎 (Vo,G)らと活動して来た彼女も、やがて(再婚ではあるが)伴侶を得る。長年の公私に渡るパートナー、音楽プロデューサーの生田朗と正式に結婚し、蜜月の後(自主制作盤を挟み)5年間の沈黙を破って制作を始めたのが、この『ダーク クリスタル』だった。
このアルバムが特異なのは、その楽器構成だ。デジタル・ワークステーション『Fairlight CMI』と、パーカッションと、声。基本は、それだけなのだ。多重録音されたコーラスワークによる分厚いコード音と、フェアライトのデジタルなリズムで、まずおおよそのバックトラックは構成されている。それはとてもミニマルな素材ではあるのだが、しかし、響きはとても複雑で、柔らかく、大きい。それは『声』の持つ外へと広がる空気感と、内へと浸透する圧力の為であろう。或る意味矮小な『エレ・ポップ』の範疇にはもはや無い。
そしてアルバム制作中の8月、彼女に一報が届く。…休暇中の夫が、メキシコで自動車事故により死去したと云う報せだった。助手席に乗っていたのは、愛人だった。それを聞いた彼女は、遺体を引き取りに行かなかったと云う。
コミカルなポップ、攻撃的なファンク、天空を駆けるが如き、きらびやかなこのアルバムの曲たちの最後に、ピアノをバックにしたバラード『December Rain』が有る。凍え、硬直し、麻痺してしまった心の内側で濡れている、永遠に報われぬ愛。救われない感情の、その救われなさを、しんしんと歌い上げ、叫び、やがて力尽き、絶唱する。これは『情念』だ。夏のメキシコに向けて溢れ出した、冬の歌なのだ。
オルタナティブなこのアルバムの中で、わたしが一番好きなのがこのネイティブなフォーマットのバラードであり、しかし、そこに歌われている『ポップス』にあるまじき『情念』こそが、つまりは、このアルバムを『オルタナティブ』にしているのだと、わたしは思う。
その他のアルバム
矢野顕子 - Love Life ('91)
Kate Bushと並ぶ『永遠の天才少女』が、長年の公私に渡るパートナー坂本龍一をオミットし、Jeff Bovaをプロデューサーに迎え、Pat Metheny (G)、Nana Vasconcelos (Per)、Will Lee (B)らと共に作り上げたAORの傑作アルバム。しかし終曲『Love Life』の悲痛さはどうだろう。離れ行く者に対して、これほどまでに悲痛で、そして誠実なラブソングを知らない。そして長い別居の末、彼女は離婚する。
小川美潮 - 4 to 3 ('91)
Dagmar Krauseと並ぶ『永遠の天才少女』が、80'sニューウェーブ・バンド『チャクラ』からの長年の公私…とは残念ながら行かなかったみたいだが(笑)、パートナー板倉文 (G)らと共に作り上げたオルタナ・ポップの傑作アルバム。深くて凄みが有ってかわいい。
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