2012/10/28

[A-051] Manuel Gottsching - E2-E4 ('84)

(ダミ声で)さあ~後半行ってみようか~、後半しゅっぱ~つっ!


[A-051] Manuel Gottsching - E2-E4 ('84)



60年代中期から70年代に掛けて『サイケデリック・ムーブメント』が隆盛を極めた。何のことは無い、それはLSD等のドラッグによって引き起こされた幻覚や精神状態をアートで再現しようとしたモノだ。ロックもその例に漏れず、シュールな世界観に基づいた歪んだ詞と音の『サイケデリック・ロック』が世界中に氾濫した。

英では中期The BeatlesやCream、更にはPink FloydやSoft Machine等のプログレッシブ・ロックの大御所も、サイケデリック・ロック・バンドとしてスタートした場合が多い。米でもThe DoorsやJimi Hendrix、そしてMothers of Invention (Frank Zappa)やVelvet Underground等のオルタナティブ・ロックの重要バンドも、サイケデリック・ロックの範疇として数えられた。もちろん世界的流行であるからして、独でもそれらの影響を受けたバンドたちが登場する。

そのバンドのひとつAsh Ra Tempelは、若干18歳のギターManuel Gottsching、ドラムに後のシンセサイザー・ミュージックの大御所Klaus Schulzeを擁し、71年に1stアルバムをリリースした。それはまだジャズ・ロック/アート・ロック的な香りを残すモノだったが、1stのみでSchulzeが抜けManuelが主導権を握ると、典型的な『サイケデリック・ロック・バンド』となる。しかもそれはかなりの『重症』だった(笑)。どれぐらい重症かと云うと、あの『LSDの伝道師』Timothy Leary博士と実際にキメながら『Seven Up』('73)なんてアルバムを作ってしまう程である(笑)。

しかし、やがて『サイケデリック・ムーブメント』は、『ドラッグ』の反社会的な側面からか、後の音楽や芸術、文化に大きな影響を与えつつも下火になる。そんな70年代中期に、『ドラッグによる幻覚の再現』ではなく、『ドラッグそのもの』の様にヒトの精神に作用する音楽を志向する者が現れた。かつての『ギターの天才少年』だ。

81年に録音された『E2-E4』の収録曲は、たったの一曲しかない。リズムマシンと、シンセ・ベース、いくつかのリフを奏でるポリ・シンセ、SEの電子音等が、同じパターンを繰り返しながら途切れる事無く約一時間続く。ミックスやエフェクトの変化は有るにしても、気付かないほどの緩やかなもので、大きな展開は無い。KraftwerkやTangerine Dream等、当時の『ジャーマン・エレクトロニック・ミュージック』と比べても異質だ。

『踊らせる』わけでも無く、何がしかの『情動』も導かず、延々と繰り返すリズムは、『思考』も『感情』も、そして『感覚』までをも吸い込んで行く。残るのは『無』である。『無』の恍惚。この音楽は、かつてのドラッグにより引き起こされた『ハイ』や『ロー』ではなく、『無』を導くものだったのだ。

曲も後半になり、やっと本人のギターが登場する。展開らしい展開と云えばそれぐらいだが、それもリズムに溶け込んでしまって、いつ始まったのかさえ気付かない程である。そして、そのフレーズは健康的で明るい。かつてのドラッグにまみれた異様さは微塵も無く、どこかラテンの香りさえする軽やかな音。そう云えば彼のプライベート・スタジオの名前は『Studio Roma』だ。そのスタジオで、この一時間の曲は、驚く事にリアルタイムで録音された。

同じ機能を志向した『トランス・ミュージック』が登場するのは、80年代も後半に入ってからである。『E2-E4』とは、チェスの盤面に於ける最初の駒の動きだ。ゲームはここから始まった。


その他のアルバム

Ashra - New Age of Earth ('76)



Ashra名義だがManuelのソロ・アルバム。一曲目『Sunrain』のミニマル・エレクトロニクスに、正に『光の雨』をぼうっと見つめる様な精神の飽和を味わえる。高揚を目指した『トリップ』ではない、『無』の恍惚…『トランス』を既に志向している。

Ash Ra Tempel - Inventions for Electric Guitar ('74)



Ash Ra Tempel名義だがManuelの1stソロ・アルバム。ジャケットにもデカデカと自分の名前とニヤけ顔をフィーチャー(笑)。複数のギターによるリズミカルなフレーズをディレイで反復させると云う『ミニマル・テクノ』の人力による原型。


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